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マディソン突撃レポート!
Madison's report!

04 昔の競輪事情を知りたい!

マディソン(メッセンジャー)
1949年に女子競輪が始まってから60年。60年で何が変わったかしら?
今回は、元女子競輪選手の野西せつこさんと美濃谷ひろえさんに昭和時代の話を聞かせてもらった。

女子競輪が始まったころは、自転車もトラック地面も今とはずいぶん違っていた。 車輪のリムは金属じゃなくて、木製だったし、バンク地面がセメントじゃなくて板張りのところもあった。

競輪選手は四国、九州、関東などいろいろな地域の競輪場に通った。 「新幹線がまだなかったから、夜行列車ばっかりやったね」と美濃谷さん。 「板を持って行くねん。向かい合わせの座席と座席の間に板を渡して、足を伸ばして寝るんです」。 自転車は輪行袋に入れて持ち込んだ。

選手たちは賞金と賞品を楽しみにしていた。昔の賞品は着物、鶏肉、タンスなど。 宅急便のない時代だったから、荷物はすべて自分で持って帰っていたという。 賞金は多いときで4万円もあった。大卒の初任給の平均9,000円の時代にだ。 「当時、一万円札も五千円札もなくて、全部百円札だったんですよ」と、野西さんが賞金としてもらった百円札を見せてくれた。

こんな風に日本では、この60年間でいろんなことが変わった。 一方、世界を見ると、オリンピックでの自転車競技数がどんどん増えてきている。 今では女子も参加できる。というのも、日本で女子競輪が始まった前年にイギリスで行われたロンドン大会では、 自転車種目は6つだけで、すべて男子種目。それから1984年のロサンゼルス大会までは、女子種目はひとつもなかった。

自転車競技に女子が参加するようになって24年。 2008年の北京オリンピックでは、自転車競技は11種目にまで増えて、そのうち女子が参加できたのは7つ!

野西さんと美濃谷さんがトラックを走っていた時代から見れば、女子自転車スポーツはどんどん盛り上がってきているけれど、 オリンピック女子競輪はまだまだこれから!

(本紙掲載 2009年11月27日)


(左から)美濃谷ひろえさん、野西せつこさん。大阪・難波にて。