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ガールズ&バイクス
girls & bikes

05 自由へのきっかけ

タクヤ(メッセンジャー&自転車屋)

Rational Dress Society合理服装協会(以下RDS)は1881年にロンドンで結成された。 コルセットや馬鹿でかいスカートから女性を解放しよう。動きやすい理にかなった服装を流行らせようという主旨の団体だ。

女性の権利運動をやったわけだが、それが画期的だったわけではない。 1851年には女性の参政権を求める「シェフィールド女性政治協会」が結成され、 1860年前後にはジョン・スチュアート・ミルの「女性の解放」が発表されている。

RDSの特徴は、ドレスという言葉が示す通り、ファッションという具体的な切り口を選んだことだ。

ただ、これにしても既にフランスではコルセットを使わない進歩的な人もいたようだし、 イギリスでも1860年代に、美術のラファエル前派やアーツ アンド クラフツ運動と連動した 「アーティスティックドレスムーブメント」があった。 中世のスタイルなどを真似た、体に沿う柔らかいラインの耽美なドレスは、コルセットやクリノリンを排除していた。

当時の服装は社会問題にもなっており、RDS以前にも反対していた人たちは多かった。 19世紀の女性が「あーれー!」と額に手をやって卒倒するのを映画で見たことないですか? あれはカマトトぶってるのではなく、コルセットが原因で貧血を起こしやすかったともいわれている。 コルセットは血流や内臓を圧迫し、貧血や成長障害、呼吸困難、神経病までも引き起こすと指摘する医師もいた。 クリノリンはもっと酷い。直径が身長より長いこともざらで、つまづく、こけるは序の口、馬車や階段から落ちる、 暖炉の火が燃え移る、火事になってもドアにつっかえて逃げ遅れる、なんてトラブルが多発。 年間1,000件以上の死亡事故が発生していたという。

こんな服装が廃れるのはRDSがやらなくても必然だった。じゃRDSの何が凄かったの?

自転車です。

自転車に乗るためという言い訳で服装を改革し、女性の権利までをも認めさせようという作戦。 一見まどろっこしいが、「自転車」「合理的な服」という解りやすいシンボルを使うことで、 イデオロギーを飛び越して人々の直感にアピールするという戦略だった…のかな?

RDSのメンバーは既に三輪車に乗っていた人が多かった。三輪車とはいえ自転車と同じ効果はあっただろう。 移動の自由と解放感は馬でも体験できるとしても、三輪車で走ることは自分の内に秘められた野生の力を発見させたはずだ。 内なる力の自覚は自由を求める心につながっていく。 自由な服装や自由を保障するための参政権を彼女たちが求めるようになったのは、意外と脚こぎマシーンがきっかけだったのかも知れない。

(本紙掲載 2010年3月12日)


クリノリン 1865年頃
京都服飾文化研究財団所蔵