インタビュー

Summer2023

no.58

WEB掲載日

2023年8月25日

インタビュー 芥川賞作家✕メッセンジャー『ブラックボックス』対談 砂川文次さん インタビュー

2022年に芥川賞を受賞した小説『ブラックボックス』が、メッセンジャーを題材にした作品ということで、自転車界隈でも大きな話題に。今回は作者の砂川文次さん(写真左)と、日本メッセンジャー協会のキャプテン・中島翔太(サンテ)さん(写真右)の対談が実現!(砂川さんは自転車メディア初登場!!)

text & photo by ラスカル(編集者・CMWC 2023 Yokohama発起人)

“アウトロー”&“ルールと個人”が出発点

N
中島翔太
S
砂川文次

Nきょうは自転車で来ていただいてありがとうございます。まず、砂川さんと自転車とのそもそもの出会いは?

S自転車は常に身近にあるものでした。小6の時、友達と集まって自転車でどこまで行けるかみたいな冒険をしたこともありました。いまは20代半ばで買ったクロスバイクと、グラベルバイクの2台体制で、通勤は基本的に自転車です。

Nそうなんですね。『ブラックボックス』について早速聞きたいのですが、なぜメッセンジャーを題材に選んだのでしょうか?
S漠然とですが、私の中にあったメッセンジャーの“アウトロー”なイメージと、“ルールと個人”というほかの作品も含めた自分のテーマが、直感的に良いポイントになりそうだなと思ったんです。ルールを無批判で受け入れる人の一方で、ルールの目的がわかった上でそれを乗り越えようとする人の、ある種の矜持のようなものを書ければいいなっていうのが、そもそもの出発点としてはありました。

砂川さんの愛車は、CANYONの「Grail AL」

N主人公の“サクマ”がメッセンジャー業務をしている時の描写はもちろん、事務所とかもすごくリアリティがあったので、砂川さんはもしかしたらメッセンジャーをやっていたことがあるのかなって思っていました。

Sそれはうれしいですね。まず執筆するにあたって見たのが、メッセンジャーの求人。ただそういうところはどうしても表面的になるので、余白の部分は自分が自転車に乗る時の感覚や、これまでしてきた仕事の中で感じた職業的焦りみたいなものを、トレースしながら物語を作っていきました。

「ちゃんとしなきゃ」のルールに抗う

Nあと、作品の中でサクマが抱く「ちゃんとしなきゃ」っていう葛藤に、自己投影したメッセンジャーは少なからずいると思います。

Sそれに関して言うと、裕福でも中流でもなかった自分の出自も関係してるのかなって。なんとなく「ちゃんとしなきゃ」って意識が常々ありました。その延長線でたまたまどうにかなったのが現在で、もしこの生き方じゃなかったら自分はどうなっていたのかな......と、想像しながら書いたところはあるかもしれません。

取材の最後には、メッセンジャー定番のポーズで記念撮影!

Nメッセンジャーだけを一本でやっている人はもちろんいますが、逆に好きなことを続けるために、自由度の高いメッセンジャーになる人もたくさんいて。それは「メッセンジャーという職業や生き方を自ら選んだ」と言う方が正しいのかもしれません。『ブラックボックス』を書き終えて、メッセンジャーに対するイメージは何か変わりましたか?
Sそれが良い意味で変わらなかったんです。結果的にサクマはああいう形になりましたけど、それでもなお「これで良かった」と胸を張って生きられる人でいてほしいという気持ちがあって。自分は「ちゃんとしなきゃ」って場面でルールに抗えなかった後悔というか、恥に近い気持ちがあって。なので『ブラックボックス』では、あえてちゃんとしなかった、「自分を貫き通した姿」として描けたのは誇れる部分なのかなって思います。

原動力にもなる、肉体労働者の“怒り”

N“怒り”も、砂川さんの作品における大きなキーワードだと思いますが、僕はそれをネガティブには捉えてはいなくて。今年9月下旬に横浜で「CMWC」というメッセンジャーの世界大会兼フェスティバルを開催するのですが、その原動力には、このままではメッセンジャーがいなくなってしまうかもしれない現状に対する、ある種の“怒り”があったので。

Sすごくわかります。何かをアウトプットするときに、原料としての怒りのエネルギーってすごいパワーがあるなって。

あと、それに関して私がもう一つ思うのは、肉体労働者ってカッコいいということ。自衛隊を辞めて外の世界に出てきたときに思ったのが、いわゆる肉体労働者が「保護しなきゃいけない対象」みたいな扱い方をされているなって。なおかつそれを、違和感なく受容する社会もあるような気がしたんです。

それは違うぞっていう想いがあるし、私は体を使って働く仕事は残念ながらもうしていませんが、肉体労働っていうのはパワフルで、強い存在なんだぞって。だから、守ってあげなきゃいけないみたいなのは、やっぱり全然違うなって作品を通して考えましたね。

「ブラックボックス」
砂川文次著 1,705円税込(講談社)
www.kodansha.co.jp

N僕自身、メッセンジャーという存在がずっとあこがれの対象で、メッセンジャーが街を走る姿は、時に神々しく見えたりもするんです。自分の中で最高にカッコいい職業であり、生き方がメッセンジャーだと思っているけれど、そのメッセンジャーが減っているという現実が許せない。それが根底の怒りにもつながっていて、僕個人が『ブラックボックス』に共感する部分はそこなのかもしれません。
Sメッセンジャーのコミュニティって、自転車界隈の中でも良い意味で「違っている」印象があって、それが『ブラックボックス』を書くきっかけの一つになりました。なので、こうしてメッセンジャーのコミュニティを代表する方と会えて、いろいろ確かめられて良かったです。間違ってなかったって思えたし、どこか肩の荷が下りたような不思議な感覚です。ありがとうございました。

 

profile

砂川文次(すなかわぶんじ)

1990年、大阪府出身。神奈川大学卒業。元自衛官で、現在は地方公務員として働く傍ら、執筆活動を行う。陸上自衛官時代に書いた『市街戦』で2016年の第121回文學界新人賞を受賞し、作家デビュー。その後は『戦場のレビヤタン』が第160回芥川賞候補作、『小隊』が第164回芥川賞候補作となる。2022年1月に、『ブラックボックス』で第166回芥川賞を受賞した。

中島翔太(なかじましょうた)
NYCの写真集『メッセンジャー・スタイル』をきっかけに、2005年から東京でメッセンジャーを開始。現在は横浜のクリオシティに所属。2018年には日本メッセンジャー協会(JPBMA)を発足し、現在は今年9月20~25日に開催されるメッセンジャーの世界大会&フェスティバル「CMWC 2023 Yokohama」の実行委員長を務める。メッセンジャーネームは“サンテ”。
紙面掲載日:2023年7月28日
※記事の内容は紙面掲載時点の情報です
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