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Spring2021

no.49

発行日

2021年4月23日

「身近にいる友達みたいな人を 想像しながら描いてます」 松虫あられさん(漫画家) 今号の表紙を飾った『自転車屋さんの高橋くん』の作者、松虫あられ先生が、今回、特別に本紙のインタビューに答えてくださった。 あのやさしく、胸を締め付ける切ない世界は、どのように生み出されているのか。 創作秘話をそっと教えていただいた。

取材&構成 by 足立知子(編集部)

愛車“ディープインパクト”の故障を直してもらったことがきっかけで、二人の仲は急接近。松虫先生によると高橋くんは「子どもや犬のような真っ直ぐなやさしさを持ったまま大人になった人」なのだとか。

C
cycle編集部
m
松虫あられ先生

Cまず自転車屋さんを舞台に選ばれた理由を教えてください。

m自転車にガタがきていたので修理に持って行ったら、すごく背の高いイケメンのお兄さんがいて、イケメンとつなぎの組み合わせって、めっちゃいいなあって(笑)。それで、コミティアというオリジナル作品を販売するイベント用に、つなぎを着たイケメンが出てくる作品を描きたくて、4ページだけ描いたのが始まりですね。

Cあえて自主制作で発表されたということは、本当に描きたい作品だったのでしょうか?

m実は、すごくこれが描きたかったというわけではないんです。前の連載が終わって、次の企画出しがうまくいかなくて、このままじゃ描いていない期間が長くなってしまうなと。それに何回も企画が通らないと、何を描けばいいのかわからなくなってしまって、自分が本当は何を描きたいのか向き合うために、リハビリの意味で描いた部分が強いですね。

Cその作品が多くの支持を得ていることを、どう受け止めていらっしゃいますか。

mあ、これでいいんだ、みたいな(笑)。別に手を抜いているという意味ではないのですけど、前作*1は、毎回プロットを考えるのが結構大変で。でも自分が「もっとおもしろくできる」と思ってがんばって描いたものが、決して受け入れられるわけではなかった。『高橋くん』も結構考えてはいますけど、自分の中から自然に出てくるものを描いていて、ああ、これくらいの方が通じるんだなって。“これくらい”をうまく言葉にできないんですけど。

C主人公のパン子ちゃんは、先生から見てどんな女の子でしょうか?

mとても遠慮がちなのにそこは遠慮しないんだ、みたいな人、周りにいないですか? パン子も、言いたいことが言えない割に、出されたバナナは全部食べちゃう(笑)。世間体を気にする部分と、自我を解放する部分とのバランスがうまく取れていない、そういう人。自分のやりたいようにしたいけど、人からの評価が気になってできない。でも本当はドラえもんの映画も見たいし、おいしいものもいっぱい食べたい! そんな身近にいる友達みたいな人を想像しながら描いていますね。

高橋くんが営むお店の外観は、岐阜県に実在するいくつかの古い自転車店を元にして描かれている。また店内を描くにあたって、別の自転車店も訪れ、作業場や修理の様子なども取材されたそう。

Cそんなリアルな部分が共感を得ているのですね。そういえば自転車の絵もリアルですね。

mあれは私の自転車をトレースしているんです。ミキストフレームって言うんですかね。自転車を描くのは難しいので、写真に撮って参考にしています。人が乗るとどうなるのか、アシスタントさんにまたがってもらったり。

C先生の愛車だったんですね! ところで、この作品で一番伝えたいことは何でしょうか。

m人と一緒に生きていくのはどういうことなのかを作品の中で追求したいという思いが強くあって。人は自分のことを大事にしてくれる人と一緒にいるべきなんだと思いながらいつも描いています。必ずしも自分の家族にしばられなくてもいいし、もっと自分を大事にできる環境を作ってほしい。カップルも自分の居場所を作るために、お互いもう少し向き合ってくれたらいいなとか、そんなことを思いながら描いていますね。

C作品を読んで救われる人も多いでしょうね。

m山本さん*2というキャラがいるんですけど、「彼を見て、自分も友達に価値観を押し付けてしまっていたことに気づいた」とSNSでメッセージをくれた人がいたんです。悪気がなくても、無意識に価値観を押し付けてしまうことって誰しもあると思うんですが、『高橋くん』を読んで、そこに気づくことができたと。それがとてもうれしかったですね。そういう影響があったんだ、描いてて良かったって。

*1:『鬼娘恋愛禁止令』(リュウコミックス)。恋すると “鬼”になって男性を食らうようになる少女と、彼女に恋する男子の物語。
*2:パン子の職場の同僚。一見、さわやかな好青年だが、世間体や常識にとらわれ、パン子にもそれを押し付けようとする。

取材日:2021年3月26日(オンライン)
 

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