『日常の絶景』を観察する〈前編〉 八馬智さん(都市鑑賞者/工学博士)
峠の先の山景に、湖畔からの眺め、海辺の夜景。「絶景」は私たちを非日常に連れて行ってくれるけど、今回紹介する本『日常の絶景 知ってる街の、知らない見方』では、もっと身近なありふれた風景にスポットを当てている。ページをめくると現れるのは室外機、鉄塔、ダム――!「絶景と定義された風景でなくても、自分なりの絶景があっていい」と説く、著者であり都市景観の専門家、八馬智先生にインタビュー。〈前編〉では絶景を見つけるアンテナの磨き方や、自転車と景色の関係性について話を聞いた。
アンテナ感度を上げていくと、表層的な風景の奥にひそんでいる「高低差」もくっきりと見えてくる。通りすぎてしまいがちな地形やスケール感を、時間をかけてゆっくりと観察したい。写真:八馬智
「シーン景観」と「シークエンス景観」
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- cycle編集部
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- 八馬智さん
cまず、本書で紹介されているような「絶景」を八馬先生が観察するようになったきっかけが知りたいです。室外機や鉄塔、ダムを見て、「そこに絶景がある」と気づいたのは、どうしてでしょうか?
h一番大きなできごとは2000年ごろ、デジタルカメラを使い始めたこと。自分なりに「これ良いな」と感じたものを気軽に記録できるようになり、さらにパソコンで膨大な写真をテーマ別に整理し、じっくり観察できるようになったんですね。
すると写真の中に共通点を見つけたり、新たな発見があったりして、「ステキ倉庫」「タワコレ」などとテーマを付けてコレクション化するのにハマりました。「歩いて、撮って、考えて、観察する」。この繰り返しで、自分のアンテナ感度を高めると、自分だけの絶景がより見えてくるようになりました。
c観察や撮影には徒歩で行くのでしょうか?
hほとんどが徒歩ですね。でも、自転車に乗ることもたまにありますよ。少し専門的な話になりますが、都市景観の考え方で、景色の捉え方には「シーン景観」と「シークエンス景観」の2種類があります。写真的な静止した景色は「シーン景観」で、いわゆる観光写真的なものですね。
一方、動画的な連続した景色は「シークエンス景観」で、時間軸のある景色体験を指します。自転車の場合はシークエンス景観を体験することが多い。
c確かに自転車では、見えてくる風景がどんどん変わったり、視界が一気にひらけたり、移動にともなって移り変わる景色を体験することが多いです。徒歩と自転車では、景色の体験の仕方にもそんな違いがあるなんて。
hそうですね。徒歩だとキョロキョロできますけど、自転車だと徒歩のような風景の拾い方はできないから、自転車での景観体験はクルマ寄りかもしれませんね。
自転車は風景に「試されている」
c日常にひそむ絶景を見つけるコツは?
hわかりやすいのは見た目が気になる、という「表層」のおもしろさから入っていくこと。そこで具体的に見える景色から、「なぜここにあるんだろう」「どうしてこんな形をしているんだろう」と、風景を理解するプロセスを経て鑑賞を深めていくと、「絶景」に近づいていきます。
そのプロセスで大事になってくるのが「想像力」。妄想でも良いので、仮説を立てて、何度も観察する。具体と抽象を行き来しながら、考えを深めます。
c書籍の中でもリサイクルボックスを「ドロイド」に例えたり、建物のパイプやダクトを「露出した内臓」と表現したりと、妄想度高めで風景を見て、解像度を上げていますね。
hもう一つ大事なのは「引き返す勇気」。アンテナ感度が高まると、パッと視界に入ったものがどうしても気になること、あるんです。しかもそういう景色こそ、経験上、絶景に変わる可能性が高いんですよね。徒歩だと、比較的すぐ戻れますが、自転車だと、時間コストと体力コストの2つを、観察したい気持ちと天秤にかけて、それでも戻って観察したいと思える「勇気」がもてるかどうか。
そう考えると、自転車は一番“風景に試されている”カテゴリと言えるかも。
c自転車は試されている!〈後編〉では街から離れ、山や海でのスケールの大きな景色についてお話を伺います。お楽しみに!
『日常の絶景 知ってる街の、知らない見方』
八馬智 著 2,420円税込(学芸出版社)
著者は千葉工業大学創造工学部デザイン科学科教授で、景観デザインや産業観光が専門。本業の傍ら都市鑑賞者として活動し、社会や地域の日常を支える土木建造物の魅力を発信する。本書では都市の内外に存在する具体的な15の対象物を取り上げ、写真とともに「風景の見方のコツ」を伝える。
www.gakugei-pub.jp
紙面掲載日:2022年7月28日
※記事の内容は紙面掲載時点の情報です