『日常の絶景』を観察する〈後編〉 八馬智さん(都市鑑賞者/工学博士)
峠の先の山景に、湖畔からの眺め、海辺の夜景。「絶景」は私たちを非日常に連れて行ってくれるけど、今回紹介する本『日常の絶景 知ってる街の、知らない見方』では、もっと身近なありふれた風景にスポットを当てている。ページをめくると現れるのは室外機、鉄塔、ダム―! 「絶景と定義された風景でなくても、自分なりの絶景があっていい」と説く、著者であり都市景観の専門家、八馬智先生にインタビュー。〈後編〉では街から離れ、山と川の風景について伺った。

7割が山地の日本で「砂防」の痕跡を観る
「砂防」の技術は土砂災害を防ぎ、補強や保護をする目的で施されるが、八馬さんはそこに「自然と人間の交錯点」を見いだす。迫る山地を背に、なんとか活動できる平地を生み出した風景。

ダム鑑賞とサイクリングは好相性

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cycle編集部
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八馬智さん

ダムと湖、ダム道路の「総合土木」を鑑賞
「ダムは特別感がある総合的な土木事業」と語る八馬さん。地域との関連性、生態系への影響、付け替え道路などのインフラ施設...。長い時間をかけてじっくり観察したい。写真は岡山の苫田ダム。
 

c〈前編〉では日常にひそむ絶景の見つけ方について教えていただきましたが、〈後編〉ではもう少しスケールの大きな風景を観察するヒントをお聞きできたらと思います。書籍の中でも、S、M、XLの3つのスケールに分類して紹介されていました。

h目の前にある風景から自分にとっての「これイイな」を見つけていくには、まずはやっぱり身近な場所にあるスケールの風景から絶景を見つける経験を積むのが良いと思うんです。でも、この本を作ったときの私の本心は「みんなを山奥に連れ出したい」。山奥には砂防や鉱山、ダムといったXLスケールの風景がありますから。

cサイクリングでもダムや砂防を見かける道を通ることがよくあるんですが、視界に入りきらないくらい大きな景色に圧倒されるばかりで、どこから観れば?と呆然とします。

hXLスケールの対象は、その風景を成立させているシステムも含めて鑑賞できるとおもしろいですよ。たとえばダムは、建設時にトラックが行き来するための立派な道路が作られます。勾配や道の幅はトラックに合わせて作られるので、自転車でも走りやすい条件が整うのでは?と総合的に考えてみる。

cなるほど。そういう視点でダムへの道を観察すると、いま目の前にある風景だけじゃない、もっと広い景色が浮かんできます。

hそう考えると、ダムと自転車は相性が良いのかも。実証はできないけれど、ダム建設工事の知識があれば想像できる範囲です。こんな風に考えていくと、XLスケールの絶景は思考の射程がとても広い。だからおもしろい。

 

自転車の「風景鑑賞」と可能性

「無愛想な守護者」がいる河川敷の風景
川沿いで奇妙な存在感を放つ「水門」。非常時は大胆な行動をとるが、「常時はとても静かに、無愛想にしている」と八馬さん。

hそういえば以前、富山の立山町で林道を訪ねるEバイクツアーに参加したことがあるんです。普段あまり自転車に乗らないので、みんなについていくのに必死でしたが、風や匂い、湿度といった視覚情報以外の知覚がダイレクトに伝わってきて、良い経験になりました。それを思い返すと、自転車での風景体験は「風景の総体としてのイメージ」を感じられるんじゃないかと思うんです。

c確かに、サイクリング中に見た風景を後で思い出すと、光や風などを五感で感じた「できごと」全部が含まれたイメージだったりします。また、サイクルコンピュータなどを使って、走ったルートのGPS情報を記録することも多いので、振り返るときに地理情報とセットで見るとおもしろいですよ。

hそれ、イイですね! 連続的に記録が取れていると、追体験ができますから。生々しい風景体験を伝えることができるのって、大きな可能性だなぁ。GPSの位置情報や速度、標高といった情報を鑑賞の材料に加えて、「自転車ならではの風景の感じ方」を考えていくと、何か新しい絶景が見えてくるかも。

c自転車に乗る人みんなで「風景鑑賞」の可能性を開拓していけたら楽しいですね。ヒルクライムも絶景のためなら楽しめるかも!? 八馬先生、ありがとうございました。

 

『日常の絶景 知ってる街の、知らない見方』 
八馬智 著 2,420円 税込(学芸出版社)

著者は千葉工業大学創造工学部デザイン科学科教授で、景観デザインや産業観光が専門。本業の傍ら都市鑑賞者として活動し、社会や地域の日常を支える土木建造物の魅力を発信する。本書では都市の内外に存在する具体的な15の対象物を取り上げ、写真とともに「風景の見方のコツ」を伝える。
www.gakugei-pub.jp

 
紙面掲載日:2022年10月21日
※記事の内容は紙面掲載時点の情報です
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