[エッセイ] 弱虫ペダルに出会う、今。〈前編〉 “弱ペダ”でおなじみ、『弱虫ペダル』は自転車競技がテーマの少年漫画。連載開始から15年、もはや王道の自転車マンガだけど、実は読んだことがない人も多い!? 今回は『臆病者の自転車生活』が評判の作家・安達茉莉子さんによる、弱ペダ愛あふれるエッセイをお届け。〈前編〉は、“弱ペダ”との出会いと変化について。
text & illustration by 安達茉莉子(作家・文筆家)
こげばビュンと進む爽快さに夢中になって近所を走り回っているうちに、ふと自転車の学習に良さそうだと思い読み始めた。気づけば私は電動自転車の電動をオフにし、サドルを限界まで上げて、横浜から鎌倉まで何十kmも走った。ロードバイクの販売店にも勇気を振り絞って入った。気づけば中古でロードバイクを購入し、長い距離を走り始めた。自転車に出会ってみるみるうちに日々は変わっていったが、これは弱虫ペダルと出会わなかったら起こらなかったことだった。
弱虫ペダルの連載開始は2008年。アニメや実写映画にもなり、自転車競技を描いた代表的な作品だ。私と同じように、読んで気づけばロードバイクに乗っていた......という人もいる一方で、実は読んでない、という人もいると思う。うらやましい。私も記憶を消して、もう一回、弱虫ペダルに出会いたい。
「ボクに何かの可能性があるんだったら」
彼の住む千葉から秋アキバ葉原まで、往復90kmの道を毎週ママチャリで通っていた坂道くんには、いつの間にか自転車競技の資質が身についていた。運動音痴の坂道くんは、存在自体がちょっと苦手な動部に入部することはおろか、その後インターハイを走る最強の選手になっていくなど考えもしなかった。だけど彼は、後にかけがえのない仲間になっていく自転車競技部の同級生たちとの出会いを通じて、自分に何かの可能性があるならと入部を決意する。
「昨日自転車部の走りを見に行った時、なんていうか熱くなった/追いかけたくなった/試してみたいと思ったんだ/ボクに何かの可能性があるんだったら」(単行本2巻RIDE.15)
彼自身、仲間、そして読んだ人を、人生を通じて支えていくような、成長と青春の物語の幕が開けた。
「自転車の根源的なおもしろさ」
「自転車は競技の道具デモありますが/本来は楽しいモノデス/カコクさも/困難も/失敗も/自転車はゼンブ楽しサにかえてくれる/まだ見たコトのナイ道を/海を山を/前に進むというスバラシサを/カレが魅せているのは/自転車の根源的なオモシロサデスヨ!!」(単行本4巻RIDE.27)
弱虫ペダルに、いわゆる「スポ根」モノに留まらない独特の晴れやかな清々しさがあるのは、この「自転車のおもしろさ」が作品の根底にあるからだろうか。目標を目指して努力と根性で熱く進んでいくのは確かにそうだが、自転車が拓いてくれる未知の世界へのまっすぐな愛とあこがれ、そして走ろうとする人への敬意がある。
描かれるのは頂上の景色だけではない。練習中の見晴らしの良い景色、休憩で立ち寄るコンビニの駐車場の照り返すような暑さ、レースの後にゆっくり帰る夜の透明感。熱い勝負と共に、自転車を通して見える世界の美しさ、走ることの喜びそのものをさりげない詩情と共に描けるのは、作者の渡辺航先生自身が自転車に乗り、長い距離を走ってきたからではないかと思う。
自転車って楽しい、もっともっと走ってみたい、挑戦したい─その熱がそのまま伝わって、私も走りたいと思ったのだ。〈後編〉(2023年秋号掲載)では、個性豊かな登場人物たちについて書いていきたい。弱虫ペダルの魅力は、やっぱり「人」で、彼らの走る姿に本当に励まされてきたから。
text & illustration by 安達茉莉子
作家、文筆家。大分県日田市出身。東京外国語大学英語専攻卒業、サセックス大学開発学研究所開発学修士課程修了。政府機関での勤務、限界集落での生活、留学などさまざまな組織や場所での経験を経て、言葉と絵による作品発表・エッセイ執筆を行う。主な著書に『臆病者の自転車生活』(亜紀書房)ほか。
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