[エッセイ] 都市の多様性とメッセンジャー メッセンジャーという仕事を、都市のあり方から捉え直すエッセイ。執筆いただいたのは、横浜出身で、都市研究家の視点からサイクルツーリズムやサイクルアーバニズムの推進活動を行っている岩佐岳仙さん。街の多様性とメッセンジャーが及ぼす影響について解説してもらった。

text by 岩佐岳仙(都市研究家)

カーゴバイクレースでビールの樽を運ぶ! 2022年11月、赤レンガ倉庫で開催された「JCMC 2022Yokohama」にて。自転車はデンマーク製のOMNIUM。 写真:岩崎竜太

横浜の中でも特に、関内やみなとみらいがあるエリアでは、さまざまなサイクリングシーンを見かける。スポーツバイクや、子ども乗せ自転車は当然ながら、海外ブランドに代表される最新の電動アシスト自転車など、走る自転車のジャンルはバラエティに富んでいる。さらに、赤いイメージカラーのシェアサイクル、自転車タクシー、ビアバイクも街を走る。その中でさらに目を引くのは、肩がけのメッセンジャーバックがアイコンのメッセンジャーたちの姿だ。

日本経済の中心地であり、人口が最も多い東京以外の都市において、横浜のメッセンジャーの数は突出して多い。その理由はなぜか。横浜という都市がもつ「多様性」にヒントがあるのではないだろうか。

現在も都市論で多大な影響を与え続けているアメリカの都市研究家ジェイン・ジェイコブズ(1916~2006年)は、彼女の著書『アメリカ大都市の死と生』(鹿島出版会刊)で、「都市の多様性は、それ自体がさらなる多様性を可能にし、それを促進する」と述べている。

横浜のメッセンジャーたちが主に活動するエリアは、行政、オフィス、住宅それぞれの機能が共存している。関内を中心とした一帯には中小のオフィスや店舗が数多く存在し、みなとみらいから赤レンガ倉庫、山下公園と続く「観光エリア」、元町や伊勢佐木町などの「商店街」、そして中華街や野毛などの「商業エリア」があり、都市の多様性を説明するには十分だ。そしてこれらすべてが自転車で回ることのできる圏内にある。

横浜ビアバイク」は2021年12月スタート。日本で一番、クラフトビールの醸造所が集積する横浜市内を6人乗り自転車でめぐる。
写真:工藤葵

実際にメッセンジャーたちが運ぶ荷物にも都市の「多様性」が反映されている。ビジネス書類の依頼主は、一般的な事業所から印刷会社、不動産、歯科医院、港湾関係とさまざま。また、書類に限らず、洋服サンプル、コピー機のトナー、飲食店のデリバリー、さらには行政からの告知物を自治会に運ぶオーダーに至るまで、街がもつ多様な面に比例して多岐に渡る。

そのような依頼の中、たくさんの書類や荷物を運ぶのに適したカーゴバイクがメッセンジャーの業務にしっかりと組み込まれていて、冒頭に挙げた横浜の自転車シーンで大きな存在感を示しているのだ。

国内で自転車を活用したまちづくりに取り組む都市は多いが、この「都市の多様性」との関係を理解しなければ表層的な取り組みになりかねない。その点で、横浜は日本で最も自転車のまちづくりが進んでいる都市と言えるし、さらに走行空間が整備されていけば、アジアを代表する自転車フレンドリーな都市になる可能性が十分にある。

ただそれは、“自転車乗りの街”をつくるためではなく、その街で働く人や住む人、訪れる人みんなが、夕方にクラフトビールの店で肩を並べて飲んでいるような、そんなごく当たり前のシーンをつくるためだ。そこには必ず、メッセンジャーの姿もあるだろう。

text by 岩佐岳仙
横浜市出身。長野県在住。デンマークにて、より住みやすく、持続可能で、誰にとっても公平な都市を目指す「バイシクルアーバニズム」を学んだことをきっかけに、カーゴバイク「OMNIUM」の輸入を開始。パーキングデーの実施、横浜ビアバイクの立ち上げ参画、メッセンジャー会社のブランディングに従事するなど、実務や実験を通して都市研究を行っている。
Instagram:@gakusennin
紙面掲載日:2023年7月28日
※記事の内容は紙面掲載時点の情報です
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