戦後80年。「街」と「平和」を考える自転車ツアーに参加してみた 特集ヒロシマ・ピース・サイクリング 後編 ヒロシマ・ピース・サイクリング
平和について改めて考えさせられるニュースが舞い込む戦後80年目の今年。今、できることは何だろう?そこで今回は子どもと一緒に、ヒロシマの被曝体験を走って学ぶサイクリングツアーのレポートをお届け!8月6日に広島で起きたこと、そして、あの日からの復興。街に息づく歴史を、自転車に乗って五感で感じよう。


かつての「広島県物産陳列館」、現在の原爆ドームを正面に臨む、平和記念公園の河川敷にて。ガイドのトビーが80年前の8月6日、ここで何が起こったかを話してくれた。
子どもも大人も一緒にサドルの上で平和を考える
- O
- オスギ
- T
- トビー
O ゴール! とても濃密な2時間のツアーでした。平和記念公園で改めてトビーさんにsokoiko!ツアーのこと、そして大事にしている想いを聞いていきます。
そもそもこの特集は、cycleが広島に拠点を移した時から実現したいことの一つでした。自転車ツアーというと、その土地ならではの“グルメ”や“絶景”を求めて参加するイメージだけど、戦後80年の節目こそ、平和を考えるツアーに参加してみたくなって。それでリサーチしたら広島市内で実施している「sokoiko!」と出会った、という経緯なんです。
Tそうだったんですね。僕は進学と就職で広島県外へ出て、30歳でUターンしたんですが、このツアーを始めたのは「平和記念公園以外の何気ない広島の日常を案内したかったから」。良いとこ近くにあるよ、そこ行こうや!―だから“sokoiko”というツアー名にしたんです。
O 今日のガイドでも、小学生のゲンとワサビの二人を連れて近所を散策する感じなのがすごく良いなと思って。その日常の中で8月6日の話、そして復興のシンボルにふれていくと、参加した子どもたちは自然と“一緒に考える”姿勢になっていました。
「自分ならどう思う?」。問いや対話を大切にしたツアー。
Tそう、二人とも自分で考えて話してくれるようになったのを感じたね。僕は被爆三世で、戦争や被爆について知ることを「怖い」と感じていた時期もあるんです。
O ふむ。その怖さ、私にもあります。
T僕の意識が変わったのは、ガイド仲間が教えてくれた言葉がきっかけ。僕らのツアーはアメリカからの参加者が圧倒的に多い。そして「あなたはアメリカのことをどう思っていますか?」という質問もよく受ける。だけど、「答えるのが難しいな…」と思っていた時期があって。そのガイド仲間に相談したら、被爆を経験している彼の両親の言葉をシェアしてくれたんですね。
「友達が住む街に爆弾は落とせんじゃろ。だから、世界中に友達を作りなさい」。それなら僕もできる、と思えたのが大きかった。今日もツアーの最後にこの言葉をみんなに伝えたけど、どの国の参加者に伝えても否定する人には出会ったことがない。
O 今日参加したワサビとゲンにもしっかりその言葉が響いたように感じました。ところで、平和を学ぶツアーってバスや徒歩などいろんなスタイルがある中で、トビーさんが自転車ツアーにこだわる理由は?
T一番は「広島の日常を感じてもらいたいから」。路面電車の車庫でも話したけど、当時すべてを失った人々は、「これからどうしよう…」って地面に座り込んでいたはずで。そこに復旧した電車が走り出して“ガタンゴトン”という音を耳にした時、きっと顔をあげることができたんじゃないかな。そういった“日常”から復興への勇気をもらって再び立ち上がることができた人々の力で、今の街があると僕は思う。自転車で走りながら日常の中にあるストーリーを知ってもらえるようなガイドを心がけています。
電車や公園など、身近なものから戦争の記憶を伝えるトビー。
O 参加したゲンが最後に、「トビーとまた一緒に話したいと思った」と言っていたのが印象的でした。そんな風に語り合いたくなる“平和のタネまき”ができたのが、とてもうれしい。また一緒に走りましょう!

紙面掲載日:2025年7月24日
※記事の内容は紙面掲載時点の情報です